ベランダで大根を育てていた
[ 1-1. 日記 ]
それはディープな話題であったので、茶化してもらって助かったのかもしれない。
過去の話のように語ったそれは、つい先日起こったことだし、
つい数日後に起こるかもしれないことだ。
4月に思うのは、5月になったら気持ちが楽になると。
5月に思うのは、6月になったら呼吸が楽になると。
6月に思うのは、7月になったら生まれ変わると。
人生に期待すべきか否かというのは、永遠の課題である。
誰かに何かしてほしいというような甘えを除去していって、残った期待って、シンプルに、自分への期待なのだけど、そうやって未来を考えることに、ちょっと間違いがあるような気がする。
正しい期待と、正しくない期待があるのか?
目下の問題は、7月まで、つぶれずにいられるかということだ。
せめてどこかの世界に安楽があればと思う。
それから先のことはあまり、考えていない。
状況を知る人はいないのだよ。
それも正しいことかどうかは、わからない。
夢の中では、なんか、ベランダで大根を育てていました。
許されるなら、ずっとずっと眠って6月を過ごしたい。
誰も表面を撫でていくだけだ。
わたしも、感情の話を、感情的なところをできるだけ除いて書こうとしている。
みんな同じ。